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仙台高等裁判所秋田支部 平成3年(ネ)49号 判決 1992年10月19日

控訴人(附帯被控訴人)

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右訴訟代理人弁護士

内藤徹

被控訴人(附帯控訴人)

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

沼田敏明

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

三  附帯控訴により被控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審ともすべて被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

(控訴について)

一控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

1 主文一、二項と同旨

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の負担とする。

二被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴について)

一被控訴人

1(主位的) 控訴人は、被控訴人に対し、一九五万三九六五円及びこれに対する平成三年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的) 控訴人は、被控訴人に対し、一八九万四五〇八円及びこれに対する平成三年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

3 1項につき仮執行宣言

二控訴人

1 附帯控訴により被控訴人が拡張した請求を棄却する。

2 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一本件は、社員用割引券の不正使用をした控訴会社の社員である被控訴人が、控訴会社により右行為が就業規則一四〇条一二号所定の「著しく不都合な行為を行った場合」に該当するとして懲戒解雇されたことについて、右懲戒解雇が解雇権の濫用であって無効であるとして、控訴会社に対し、控訴会社との間の雇用関係の存在の確認と賃金等の支払を求める事案である。

二当事者間に争いがない事実経過及び争点については、次のとおり、本件附帯控訴により当審で拡張された請求に関する被控訴人の新たな主張(雇用契約上の地位に基づく諸手当請求権)を加えるほか、原判決の「事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

「 控訴人においては、従業員に対し、平成元年度に夏季手当が2.3か月分、年末手当が、2.8か月分、寒冷地手当が五万九六〇〇円支給され、平成二年度に夏季手当が2.4か月分、年末手当が3.1か月分、寒冷地手当が五万九六〇〇円支給されており、被控訴人は雇用契約上の地位に基づき、控訴会社に対し、夏季手当は合計八一万二二九五円、年末手当は合計一〇二万二四七〇円、寒冷地手当は合計一一万九二〇〇円の合計一九五万三九六五円の諸手当請求権を有する。

仮に被控訴人について懲戒処分に伴う賞与の減額がなされるとするなら、平成元年度の夏季手当金は一五パーセント減額した三三万六九一八円が相当である。」

第三争点に対する判断

一<書証番号略>、原審証人内田茂、同菅原天意、同浅利久雄及び当審証人片貝昇の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

1(一)  いわゆる国鉄の改革は、37.5兆円に上る債務を抱え、財政的に破綻を来したことに起因して断行されたのであるが、その過程で、赤字が累積する国鉄の親方日の丸的な経営、職場規律等の乱れに対し、国民の批判が増大し、それを是正すべく各方面から各種の勧告、指摘がなされ、右職場規律の問題が取り沙汰される中で、昭和五六年頃から、国鉄が膨大な負債を抱え、再三運賃改定を行い、国から助成を受けている状況下で国鉄職員には無賃乗車させていること、さらに、国鉄職員によって乗車証の不正使用がなされたことなどが批判され、社員乗車証制度も右是正の対象とされた。そして、同年一二月行政管理庁は、「財政再建下にある事情等を勘案して必要性の乏しい鉄道乗車証については廃止など、発行基準の見直しを行う必要がある。」旨勧告し(日本国有鉄道監督行政監察(経営改善対策を中心として)結果に基づく勧告)、昭和五七年七月三〇日臨時行政調査会は、行政改革に関する第三次答申(基本答申)の中で、国鉄経営の健全化を図ることは、国家的急務である旨述べた上で、「永年勤続乗車証、精勤乗車証及び家族割引乗車証を廃止する。その他職員にかかわる乗車証については、例えば通勤区間に限定するなど業務上の必要のためにのみ使用されるよう改める。また、国鉄以外のものに対して発行されているすべての乗車証等についても廃止する。なお、他の交通機関との間に行われている相互無料乗車の慣行を是正する。」との答申を行い、同年九月二四日政府は、右第三次答申の趣旨に沿って国鉄の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策のひとつとして、乗車証制度の見直しを取り上げ、「職員の乗車証は通勤用及び業務上必要な範囲に限定するとともに、その他の鉄道乗車証制度についても原則として廃止する。」との閣議決定をなした。

国鉄は、右勧告等に従い、永年勤続乗車証、精勤乗車証などを廃止して職員の業務用乗車証を必要最小限の範囲に止めるよう、従前の乗車証制度を基本的に改正して、同年一二月一日から新規の制度を制定実施した。

(二)  昭和六二年四月一日国鉄の分割民営化に伴い控訴会社外一一の新会社が新たに設立、発足したのであるが、新会社間で協定を結んで、昭和五七年一二月一日から制定実施されている乗車証(割引券)制度を三年間引き続き実施することになった。しかして、控訴会社は、民営化されたとはいえ、国民が負担すべき国鉄時代の膨大な負債を引き継ぎ、政府が全株を所有する会社で、依然公益的性格を色濃く有しており、割引券の不正使用は割引券制度の存続そのものを危うくし、ひいては、色々な批判、勧告を経て国鉄の民営分割に伴い設立、発足したばかりの控訴会社のイメージダウンは免れないとの考えから、国民から指弾を受けないように、割引券制度の厳正な運用を期することにした。そして、昭和六二年四月一日付けで控訴会社社長名による割引券の交付方についての基本的通達が出され、同年五月一日付けで控訴会社副社長名をもって本社内各長、各地方機関の長らに宛てた「職務乗車証・割引券等について従来からお客から受けている指摘が再びなされれば、乗車証制度そのものの存続はもとより、会社のイメージダウンを免れず、営業活動にも多大な支障をきたすことになり、会社に及ぼす影響もはかり知れないものがあるので、職務乗車証・割引券等の不正使用等を厳禁するよう部下社員に徹底させ、厳しく指導するよう」との示達が出された。

これを受けて、同月一三日付けで控訴会社秋田支店長名により各長、各支区長ら宛に、職務乗車証等の厳正な取扱いと違反者には厳重処分をする旨部下社員に対し周知徹底を図るよう指示した「社員に対する職務乗車証等の取扱いの厳正について」と題する通達が発せられ。そして、控訴会社秋田支店では、本件不正使用が発覚するまでの間でも、昭和六二年七月二四日、一二月一一日、昭和六三年六月七日、一二月六日の四回秋田支店報に割引券を不正に使用しないようにとの注意事項を記載して、社員の回覧に供し、右注意文書を業務用掲示板に掲示して注意を喚起させ、さらに上司により各職場の朝礼、点呼時に、また現場巡回の際に口頭で右通達の内容を伝達したり同広報を読み聞かせするなどした。社員が所持する割引券綴りの表紙裏面にも注意事項として割引券により購入した乗車券の他人への譲渡、他人使用の禁止が明記されていた。このように、控訴会社においては、社員全体に、割引券等の適正な管理、使用方につき、不正使用の場合の厳重処分も含めて周知徹底を図っており、被控訴人もそのことは十分認識していた。

2(一)  被控訴人は、昭和六三年三月下旬、数年前から飲食店で知り合って付合いのあったNから、一のケースの乗車券等の購入を依頼され、これに応じたが、その際、同人から特に頼まれた訳でもないのに同人の便宜を図ってやろうと考え、被控訴人の割引券を使用して右乗車券等を購入し、社員割引で購入した旨話して、これを購入代金相当額でNに譲渡した。Nは、数日後知人の国鉄退職者にこのことを話したところ、そのような制度はなく、これは違反行為に当たる旨注意されたため、被控訴人に迷惑が掛かってはいけないと思って乗車券等の払い戻しをした上、正規の乗車券等を購入した。しかし数日後Nは、被控訴人に電話をかけて右の事態を話すとともに、被控訴人に対し右違反行為につき厳しく非難、叱責をした。

(二)  被控訴人は、同年七月末及び八月初旬、それまでにスナックで飲客として知り合い、七、八回一緒に飲んだことのある吉田から、それぞれ二及び三のケースの各乗車券等の購入を依頼され、いずれも右(一)の場合と同様に被控訴人の割引券を使用して右各乗車券等を購入し、同年七月三〇日及び八月四日頃これを購入代金相当額でYにそれぞれ譲渡した。被控訴人は、三のケースにおいて、秋田から宇都宮までの乗車券等の購入を依頼され、被控訴人の所持する職務乗車証の適用外の区間である新庄・宇都宮間の乗車券等を購入した。

(三)  被控訴人は、昭和六四年一月初旬、数年来行きつけの飲食店の経営者(ママ)Hから、四のケースの乗車券等の購入を依頼され、前同様に被控訴人の割引券を使用して右乗車券等を購入し、同月五日頃これを購入代金相当額でHに譲渡した。ところが、被控訴人は、被控訴人の所持する職務乗車証の適用外の区間である院内・東京都区内間の乗車券を購入したため、Hが右乗車券等を使用して秋田駅から乗車しようとしたところ、同駅改札口で改札係員に乗車券が不備である旨指摘されたため、Hは秋田からの乗車券に買い換えたが、これにより被控訴人の割引券不正使用が発覚することになった。

(四)  控訴人秋田支店においては、同月七日総務部人事課賞罰係長の浅利久雄外が被控訴人に対し割引券の不正使用について事情聴取したところ、被控訴人は、四のケースの不正使用は認めたものの、割引券の不正使用はそれが初めてで、過去に不正使用したことはない旨供述していた。右事情聴取後被控訴人は、一のケースについて話し、平成元年一月一三日の第二回事情聴取において、控訴人秋田支店が、被控訴人の割引券の発行記録、旅行記録、勤務日誌などを逐一照合した結果に基づき被控訴人を追及したところ、被控訴人は、ようやく二及び三のケースの不正使用を供述するに至り、聴取者の質問に、割引券の不正使用をすれば会社を辞めなければならないと思った旨答えた。

3  控訴会社秋田支店では懲罰審査委員会で本件不正使用につき審査し、秋田支店長は控訴会社社長代行という立場で、本社にも照会し、従前の控訴会社の割引券不正使用による懲戒処分例も斟酌の上、被控訴人の本件割引券不正使用が控訴会社就業規則一四〇条一二号の懲戒事由に該当するとして、同月三一日付書面をもって被控訴人に対し本件懲戒解雇の通知をした。

被控訴人は、同年二月三日労働協約に基づき苦情処理会議への苦情申告をしたが、同月六日被控訴人の所属する労働組合の藤枝地本執行委員長、矢尾秋田支部委員長も委員として出席する苦情処理事前審理において、右組合側の委員も懲戒解雇もやむを得ないとの見解であって、全員一致で、苦情の内容が苦情処理の対象として適当であると認められないとして、右申告は却下された。以上の事実が認められる。

二ところで、控訴会社の就業規則一四〇条には、控訴会社が社員に対して懲戒処分をなすべき場合を列挙し、その一二号には、「その他著しく不都合な行為を行った場合」との懲戒事由が規定されており、同規則一四一条一項には、社員に対する懲戒の種類として、懲戒解雇、論旨解雇、三〇日以内の出勤停止、減給、戒告の五種類が定められているが、懲戒事由に当たる行為をした社員に対しいかなる処分を選択すべきかについては、同規則には具体的な基準は設けられていない(<書証番号略>)。

しかして、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいずれの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、懲戒事由に該当する行為の原因、態様、結果等の諸般の事情を総合考慮した上で、企業秩序の維持確保という見地からなされるものであり、解雇処分を含めていずれの懲戒処分を選択するかは、原則として懲戒権者の裁量に委ねられているものと解すべきである。そして、懲戒処分のうち解雇処分は社員の地位を失わしめるという重大な結果を招来するものであって、その選択には特別に慎重な配慮を要することは当然であるが、解雇処分の場合は、そのことを勘案した上で、懲戒権者の右裁量が当該行為に比して甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして著しく合理性を欠く場合に、初めて当該懲戒処分が裁量権の濫用として無効になるものと解すべきである。

三そこで、被控訴人に対する本件懲戒解雇が右裁量権の濫用として無効なものであるか検討する。

控訴会社は、国鉄の親方日の丸的経営、職場規律の乱れ等に対する様々な批判、勧告等の結果、分割民営化により国鉄の事業の一部を承継するとともに、国鉄時代の膨大な負債を引き継いで新たに設立されたのであって、副次的にせよ国鉄時代から乗車証制度には強い批判が向けられ、必要最小限の範囲で厳正に運用することで制度自体がようやく存続できたのである。控訴会社としては、設立の際の右経緯等から企業秩序の維持、確保のために会社の信用失墜、イメージダウンとならないよう規律保持が強く求められていたのであって、その一環として乗車証制度を存続させるためにも割引券等の厳正な管理、使用が社員に強く求められており、乗車券類の不正使用は厳禁とされ、不正使用した社員に対しては厳重な処分を行うとの方針で臨んでいた。そして、そのことは、秋田支店を含め控訴会社全体、社員一同に行き渡っており、割引券の不正使用は厳禁で、違反すれば厳しい処分を受けるとの認識は社員の間に浸透して、常識化していたのであり(被控訴人自身、違反した場合解雇もあり得ることを認識していた。)、だからこそ、被控訴人の所属する労働組合の幹部も被控訴人の懲戒解雇もやむを得ないものと受け止めていたものと考えられる。

そのため、新たに控訴会社が設立されてから割引券の不正使用が激減し、本件懲戒解雇以前においては、同行為による懲戒処分例は本件を除いて僅か五件しかなく、それに対する制裁としては社員同士の一回の割引券の譲渡、不正使用したという極めて偶発的な事案でも二〇日間の出勤停止という厳しい懲戒処分が選択されており、また、新宿駅営業係員が割引券の不正使用により購入した乗車券を三回は妻に、一回は部外者に使用させ、他の社員から預かっていた割引券を一回不正使用したという事案では懲戒解雇が選択された(<書証番号略>)。

このような状況下にあって、被控訴人は、控訴会社が設立されて約一年後の昭和六三年三月末から昭和六四年一月初めまでの一〇か月足らずの間に四回に亘り、社員用割引券を使用して購入した乗車券等を部外者に譲渡するという本件不正使用を反復継続して行ったものであり、一のケースでは、乗車券を譲渡した相手方から不正使用がわかって厳しく叱責されたほか、この間朝礼等でその都度上司から割引券の不正使用をしないよう厳しく注意され、支店報などでも割引券の不正使用につき注意を喚起されていたのにもかかわらず、継続して、単に飲屋で知り合った程度の知人に対し、頼まれもしないのに自ら進んで、本件不正使用をなしたものである。このように、被控訴人は、職場規律や上司の注意にも無頓着であって、規範意識の欠如は甚だしく、国鉄の分割民営化によって新たに設立された控訴会社全体、社員全体に共通する企業の秩序維持という意識に著しく欠如するものがあり、これは他の社員の規範意識の低下につながり、ひいては企業秩序を乱すものであると言わざるを得ない。

また、被控訴人からかかる乗車券の譲渡を受けた第三者が乗車後にことが発覚すれば足止めされて事情聴取されるばかりでなく、右第三者は正規の乗車賃に加えてその二倍に相当する金員を払わなければならなくなるのであって(<書証番号略>)、第三者にも多大な迷惑をかける虞れのあることはもとより、他の利用者から会社運営の在り方等につき疑惑を持たれ、控訴会社の信用失墜につながる事柄でもあったのである。

以上の諸事情を総合して勘案すると、被控訴人が本件不正行為により格別の利益を得た訳ではないこと、控訴会社に与えた実損も比較的軽微なものであったこと、懲戒解雇に付することは、国鉄以来十数年にわたって勤務してきた被控訴人の職場を奪い、その生活や将来に重大な影響を及ぼすものであることを考慮しても、なお、控訴会社が、被控訴人の本件不正使用行為をもって就業規則一四〇条一二号所定の「著しく不都合な行為」に当たるものとして、これに対して懲戒解雇を選択した判断が甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして合理性を欠いたとは認められないのであるから、本件懲戒解雇は懲戒権者の裁量の範囲を越えた違法なものと解することはできない。そうすると、控訴人のした本件懲戒処分は有効で、これが無効であることを前提とする被控訴人の請求はいずれも理由がない。

四よって、これと異なり、被控訴人の請求を認容した原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却し、また、本件附帯控訴により当審において追加された被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武藤冬士己 裁判官木下秀樹 裁判官佐藤明)

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